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米兵が愛した憲法9条

2015-05-04

 

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金華山(岐阜市)

山の上に岐阜城がみえています

手前を流れるのが長良川

5月2日が旧暦の「八十八夜」だったそうですが、この季節に金華山を見ると、その山の名の由来がよくわかります。木の若芽が金色にかがやいていて、まるで華が咲いたようです。

昨日は「憲法施行68周年記念岐阜講演会」に行ってきました。

講演で、竹森正孝氏が触れていた「ドキュメント’15 米兵が愛した憲法9条」(中京テレビ5月4日0:55~」をみたいと思っていました。

しかし、番組開始まであと1時間という辺りで眠ってしまってみることができませんでした。

「起こしたけれど、起きなかったよ」

と、今朝、妻に言われ残念な思いです。

できれば夜中ではなく、多くの人がみることのできる時間帯に放送してもらいたいものです。

番組を見たという妻に、どんな話だったか教えてもらいました。


話に聞いただけですが、それでも私は強い感銘を受けました。

以下は、私が妻から聞いた話の内容をまとめたものです。(実際の番組の内容とは異なる部分があるかもしれません。)


米兵が愛した憲法9条

18歳の黒人男性が町で勧誘され海兵隊事務所に連れて行かれた。「軍隊では差別されない。いい服が着られて・・・」といいことばかりを言われて入隊を勧められ、「これで親孝行もできる」と入隊。

待っていたのは人を殺すための非人間的な訓練。やがてベトナム戦争にかり出され、はじめて人を殺した時は嘔吐した。「そんなものはすぐに慣れる」と上官。「ベトナム人は虫けらみたいなものだ」と教えられ、人殺しを続けた。武器があれば人を殺すことはかんたんだった。しかし、彼の心の中には葛藤(かっとう)があった。

ある日、決定的なことがおこった。飛び込んだ防空壕にベトナム人の若い女性がいた。息が荒く苦しそうにしていた。なぜ苦しそうなのかはじめはわからなかったが、その女性が出産した。生まれたばかりの赤ちゃんを彼が抱き上げると、女性は赤ちゃんを彼の手から奪いかえし、へその緒を歯でかみ切り、血をふいて赤ちゃんを抱きしめた。彼は気づかされた。「自分もこうして生まれてきたのだ。ベトナム人は虫けらなんかではない。自分と同じ人間だ」と。

帰国して退役しぶらぶらしているときに、同級生の女の子に出会った。「私、学校の先生をしているのよ。子どもたちにベトナム戦争の話をしてくれない?」と頼まれた。

人を殺した話なんかできなかった。あたりさわりのない話。

子どもたちの質問にも答えたが、最後にある子が尋ねた。

「それであなたは人を殺したの?」

ついにそのことを問われてしまい、すぐに答えることができなかった。

うそを言おうか本当のことを言おうか。

彼は迷った。

戦場に行った自分たちは戦争の本当のことを聞いていなかった。

子どもたちには本当の悲惨を教えなければ・・・。

どれくらいの時間、沈黙が続いたかわからない。

やがて彼はつぶやくように言った。

「ぼくは人を殺したんだ・・・」

言葉にならない彼の苦しみは子どもたちに伝わった。

尋ねた子は彼のそばに来て、涙を流しながら言った。 

「かわいそうなおじちゃんだ!」

小学生の子どもたちがみんな一緒に泣いてくれた。

彼はそれによって救われた。

「戦争の英雄」から「かわいそうなおじちゃん」になった彼は戦争の真実を語った。語らずにはいられなかった。

その後、誰かが彼に日本国憲法第9条を教えた。

こんなすばらしい憲法があるのかと彼は思った。

やがて彼は日本にも来て、高校などで講演活動をおこなった。

ベトナム戦争で枯れ葉剤を浴びたことがもとでガンになり、

61歳くらいで彼は亡くなった。


 

 

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シロツメクサ(クローバー)

写真の中に「四つ葉」がかくれています

見つけたら幸運が訪れるかも 

 


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